授業参観に参加して

最近の子供はどうなんだろうか?
不安な気持ちで日本の子供や教育を憂いている人も少なからずいるかと思う。
本日会社を一時抜けて下の娘(小学六年生)の授業参観へ出かけてきた。国語の授業で、内容は作文発表だった。
テーマはそれぞれだったが、何人かの子供が、自分の将来の職業的な夢について語っていた。その内容を聞いてみると意外な感じがした。
その職業に惹かれた動機と展望がが社会的なものが多いのである。
ある子は幼稚園の先生になりたいという。そのきっかけは自分の担任の先生が自分を含めた小さな子供のとても優しかったからという。そして、自分も小さい子供が好きで、その子供たちにやさしくしてあげて、
やさしい子供たちが増える世の中にしたいという。
別の子は、社長になりたいという。そのきっかけの子供の委員会活動を通じて、人の上に立つ人が思ったり大変な立場だが、みんなの上にたつことによってみんなに役立つようしていけばみんなが喜んでくれることを体感したことだという。そして社会にでて、社長として社員にもお客さんにも喜んでもらう仕事をしたいという。さらに偽装事件のような不正なことをしないことを誓いたいという。
さらに別な子は、将来ボランティア活動をしていきたいという。きっかけは地域で、環境問題に取り組んだことだという。そして、みんなで力を合わせれば地域社会がよくなっていくことを体験したことを生かしたいという。
今の子供実はこんなに社会性を身につけている子供が大勢いるのか?
と驚いた。
私が小学校六年生の時には、そこまで、自分の将来の職業について明確でかつ社会的な動機をもっている子供は少なかったと思う。
特に男子は立身出世的な願望が多かったと思う。
子供の教育現場については否定的な情報が多く流れており、私のように普段接していない人間はそういう情報で偏ったものの見方をしてしまいがちだが、反省させられた。
今の子供たち、そして教育現場、少なくても本日みた姿は捨てたものではないと思った。
うちの子の発表はそういう次元のものではなかったが、大きな声で元気に発表している姿を見るだけでうれしくなった。(親バカ丸出しだが)

2008年1月30日 カテゴリー:未分類 | No Comments »

思いは本当に実現するのか?

正月に考えたこと。
俗に「思いは実現する」と言う言葉がある。
この言葉は、本当にそうなのだろうか?ということと考えてみた。
人間の思いはとてつもないほど大きな創造力を秘めていると言われている。
だから、いわゆる成功哲学の分野では、どれでも”思いは実現する”ということが言われている。
果たしてそうだろうか?
たとえば、初詣に出かけて願を掛ける。
掛けた願が必ず実現するということはあまり聞いたことがない。
むしろ、実現しないことのほうがはるかに多い
それでは「思いが実現する」というのは迷信なんだろうか?
思いには2種類あると思う。
一つは、”願い”である。
願いとは、「〜になりたい」「〜したい」である。
願いは、通常他力本願である。
もうひとつの思いは意志である。
意志とは〜になるぞ、〜する。
願いは、通常、自力本願である。
「思いは実現する」という意味はどういうことなのだろうか?
思いが願いだけの場合、たとえば「〜になりたい」とだけ思っている場合、これは潜在意識として、「現実的には〜になることはむずかしいもんね。」という自分の願いを否定する意志が伴っていることが多いと思う。すると願と意志が相殺されて、思いは実現しないという結果になるのではないだろうか?
逆に願いと意志が一体になっている場合。つまり「〜になりたい」という願いと「〜になるぞ」という意志が一体となった思いの場合、人間は自分に潜在能力が働きだし、最大限の能力が発揮されるとともに、願いと意志が一体となった思いが天にも通じ、ツキを呼ぶ。
そういうことで、思いは実現するのではなかろうか?
従って「思いが実現する」の本当の意味は。思い=願い+意志の場合、そしてその思いを強く頂き続けた場合、その思いは実現しますよ。という意味ではないだろうか?
改めて、「思いが実現する」という言葉を自分なりに解釈し、「新年の思い」を実現するという決意をした。
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2008年1月16日 カテゴリー:未分類 | No Comments »

渡部晃也

皆幸あれ!生涯青春日記 SEOサービス、WEBマーケティング会社の社長日記

SEO対策やホームページ制作を行っているユア・ブレインの社長が日々の所感を情報発信


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